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東京高等裁判所 昭和31年(う)1792号 判決 1956年10月30日

控訴人 被告人 朴甲出

弁護人 池田操

検察官 大平要

主文

原判決を破棄する。

本件を水戸地方裁判所下妻支部に差戻す。

理由

本件控訴の趣意は弁護人池田操作成名義の控訴趣意書記載の通りであるから、これをここに引用し、これに対し次の通り判断する。

控訴趣意第一点について。

よつて按ずるに、刑法第一八六条第二項にいわゆる「賭博場を開張して利を図りたる者」とは、利益を得る目的を以て、賭博を為さしめる場所を開設した者をいうのであるが、その利益を得る目的とは、その賭場に於て、賭博を為す者から、寺銭又は手数料名義を以て、賭場を利用させる対価として、不法な財産的利得をしようとする意思のあることをいうものと解すべきところ、(昭和二十四年六月十八日言渡最高裁判所第二小法廷判決、最高裁判所判例集第三巻第七号一、〇九四頁以下参照)本件公訴事実によれば、被告人は寺銭を徴収して利益を得る目的を以て云々とあるに拘らず、原判決は、犯罪事実として、右「寺銭を徴収して」なる文言を用いず、被告人は利を得る目的で、第一、原判示日時判示場所にあつた当時の被告人方遊技場に於て、賭博場を開張して、判示賭客を集め、木製玉(六面の賽で面毎に異る色が塗つてある)を転がして、面の色によつて勝敗を決する玉転がし又はだるま転がしと称する賭銭博奕を行わしめ、第二、原判示日時前同被告人方遊技場に於て、賭博場を開張し、判示賭客を集め、木製球状賽三個を転がし、上部に出た数によつて勝敗を決する玉転がし又はだるま落しと称する賭銭博奕を行わしめたものであると認定し、これに対し刑法第百八十六条第二項を適用しているのであるが、右事実摘示を原判決挙示の証拠と併せ判読してみても、被告人が判示の如く開張した賭場に於て、如何なる方法により利を図つたかを確認し難いのである。尤も、当審に於ける事実取調の結果をも参酌して、訴訟記録を精査すると、被告人は原判示の如く賭場を開張し、賽を用いて、賭客の勝敗のない場合は賭金の全部を被告人の収得に帰せしむる方法により、賭客同士をして賭銭博奕を為さしめ、或は賭博の結果を概して親の有利に帰せしむる方法により、自ら親として賭客の相手となつて賭銭博奕を為し、以て利を図つたかの如くに推認し得られないわけではないが、かくの如き利益の収得は、いずれも被告人が賭場を利用させた対価として収得したものとは認め難いから、いわゆる賭博開張罪の構成要件としての図利行為には該当しないものと云わなければならない。そこで、なお審理の結果、被告人が右の如き利益を収得する外、公訴事実に云うが如く、寺銭を徴収した事実が認め得られるに於ては、原判決は、賭博開張罪の図利の事実を具体的に示さなかつたために、判決に理由を附しなかつた違法あるに帰し、又かかる新事実を認定し得られない場合には、原判決は刑法第百八十六条第二項の解釈を誤つた結果、賭博開張罪に該当しない事実に対し賭博開張罪に関する刑罰法令を適用した違法あるに帰し、而かもこの違法は判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、論旨は結局理由があり、原判決は破棄を免れない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 中西要一 判事 山田要治 判事 石井謹吾)

弁護人池田操の控訴趣意

第一点原審判決は事実の誤認がある。

本件犯罪事実は賭博で有るに拘らず検事も事実を誤りて之を賭博開張で起訴し、原審に於ても、之を誤りて賭博開張の罪として判決を為したるものである。

左に詳述すれば

一、本件の証拠となつている被告人の警察、検察庁等の調書等を見るに何れも寺銭を得る目的で有つた記録はない。証人の証言も何れを見るも寺銭を取る目的を立証するものはない。其他の証拠にも一つとして賭博開張の事実を立証するものは存在しない。然るに原審は之に対して、賭銭賭博を行わしめたから賭博開張であると判断したるは、証拠に基かざる誤認に依る判決である。

二、原審の公判に於て被告人は弁護士から「何れにしても執行猶予になることは間違いないのだから凡てを認めろ」と申されたので、検事の起訴状にある賭博開張を認めたのである。然れ共、之は全く事実に相違せる冒頭陳述であつて、被告人の真意に基くものではない。被告人は原審公判廷に於て、「自分は寺銭など取つて利益を得る目的など毛頭なかつた、従つて寺銭も取つていない」と主張したかつたのを、弁護士の言に依り検事の起訴状記載の事実を認めたもので有つて事実と全く違つているのである。

三、若し原審にして事実の誤認なく、真相を察知し得れば、起訴事実の誤りであることは明かに理解出来て、起訴状記載の犯罪事実なしと無罪の判決を為すべきで有つたと信ずる。

四、以上の如く原審は賭博開張の罪と断定したるも、第一の事実(三十年一月十五日)は、開張罪の要素たる寺銭等の利益を得る目的なく無罪である。第二の事実(追起訴の分、三十年十二月三十一日)は賭博行為である事は認むるも、賭博開張である事は否認するものである。(取調べた警察でさえ開張罪は不可解だと申している)

五、右の事実関係を明かに理解せらるる為に御庁に於ても本件に対して事実審理に依つて公判を進められんことを上申するものである。

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